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追い込み乙!というわけで,卒論や修論や博論を仕上げる時期だと思います.理工系の大半はLaTeXで学位論文を仕上げていることかと思います.極少数のWord使いやこだわりの一太郎派がいるかと思いますが,そんな方には無縁の話です.勝手に苦労してください.
さて,重要なお話.特に,オレが過去に書いた修論や博論のテンプレートをベースに執筆している人は要注意.おかしいなぁ・・・.オレが博論を書いていたときは問題がなかったのだが・・・.パッケージ類の説明は避けるとして,プリアンブル部は以下のように指定する.日本語しおり付きで,リンク付きのPDFが作成できます.
%\documentclass[papersize,12pt,oneside,openany]{jsbook} %片面刷り 奇偶同一デザイン
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pdftitle={ふがふが法による超絶技巧組曲の研究},%
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pdfkeywords={fugafuga, 超絶}%
]{hyperref} ポイントはPDFしおりの文字化け対策と用紙サイズが適切に認識されない問題への対応です.PDFのしおり文字化け問題は昔のエントリーを見てください.documentclassのオプションにpapersizeを付けてやると用紙サイズがdvipsやdvioutに送られます.詳しくはマニュアルを読んでください.参考にしたのはこの情報.だいぶ昔からあった問題みたい・・・.何故,オレが博論執筆していたときは問題が具現化しなかったんだろう??
この設定で勝つる!Wordや一太郎で書かれた論文を超美文章であるLaTeXで圧倒してやるがいい!内容の責任は持てないが.
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去る27日に放送大学の単位認定試験を受けてきました.受けたのは教育社会学('07)です.放送大学の単位認定試験を受けるのは2回目なので,特になにか述べるようなことも・・・.
出題は15問で四者択一問題でした.今回は問題が持ち帰り不可(インフル的な意味で)なので,自己採点ができませんが,結果は上々と思われます.というか,常識的に考えればわかる問題が大半で,テキストから出題されるのは数問でした.パーテンと高等教育の生い立ちくらいだろうか?
で.試験時間は50分で30分経過すると途中退室できるのですが,こういう形式の問題なので,時間をかけて考えれば答えがわかる類ではないので,ぶっちゃけ10分もあれば終わってしまうわけです.壮絶に暇です.感想文を書くスペースでもあれば暇つぶしができるのですが,そのようなスペースが足りない.
来学期もがんばりたいと思います!えいおー!
放送授業も残り2回となりました.第14回は「生涯学習社会の展望」です.
内閣府が2005年に実施した生涯学習に関する世論調査によると,生涯学習として,健康・スポーツが22.1%,趣味が18.9%,パソコン・インターネット関連が12.0%の実施となっている.皆さん,色々と生涯学習を実施しているのですね.生涯学習に似た言葉として生涯教育があります.これは1981年の中教審答申「生涯学習について」で以下のように定義されている.
今日,変化の激しい社会にあって,人々は,自己の充実・啓発や生活の向上のため,適切かつ豊かな学習の機会を求めている。これらの学習は,各人が自発的意思に基づいて行うことを基本とするものであり,必要に応じ,自己に適した手段・方法は,これを自ら選んで,生涯を通じて行うものである。その意味では,これを生涯学習と呼ぶのがふさわしい。
この生涯学習のために,自ら学習する意欲と能力を養い,社会の様々な教育機能を相互の関連性を考慮しつつ総合的に整備・充実しようとするのが生涯教育の考え方である。言い換えれば,生涯教育とは,国民の一人一人が充実した人生を送ることを目指して生涯にわたって行う学習を助けるために,教育制度全体がその上に打ち立てられるべき基本的な理念である。
教員という立場であれば,こういう情報を持っていて然りだと思うけど,普通に大学にいても,この手の情報に触れることはない.やはり,教育者たるもの,どこかで教育論を学ばないとダメですよね.教育に関しては我流は良くない!
生涯学習の社会的側面として,学歴社会の是正という観点がもたれるが,それについての注目すべき指摘がある.
市川照る午氏は,「人々の自発性に任せておいたのでは,学習量の多いものがますます多く学び,客観的に見て学習する必要の大きい者が少なく学ぶことになり,その結果,教育格差がますます拡大する」(市川,1981)と述べている.
教育社会学 p.215 ll.3-6
ウェブ進化論で指摘されている学習の高速道路に近いものを感じる.実のところ,生涯学習は必要なものではないので,自発的学習意欲のある者は学び,そうでないものは学ばないという構図になるだろう.教育機関においても,学生は自発的学習意欲を失っており,学ぶ力がなくなっている.その典型は研究室であって,自発性のある者はどんどん伸びるが,自発性のない者は今までの学生生活を帳消しにするかのように堕落していく.
生涯学習に限らず,学ぶという意欲を一度失ってしまうと,それを取り戻すことは至難である.例え意欲が少なくても,失ってしまうよりはいい.意欲を継続し続けることが大事なんだろうなぁ.そういう指導が大学では必要なのだろうなぁ.よくわかりません.
キヤノンマーケティングジャパンが今年の採用スケジュールについてお知らせを出している.
素直で率直で好印象なメッセージだと思う.ただ,引っかかるところがある.「出遅れる」という表現だ.このお知らせにも書かれている通り,倫理憲章には以下のように書かれている.
卒業・修了学年の学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため,選考活動の早期開始は自粛する.
これを考えれば,お知らせにもある通り,4月早々に面接を始めることで,学生の学ぶ機会を奪っていると言えよう.授業開始日までに全選考が終わるならいざ知らず,そうはならないでしょう.
そう考えると,キヤノンマーケティングジャパンが4月を過ぎてから採用活動を始めたとして,それは倫理憲章に乗っ取った行動である上に,学生の本分を良く理解した上でのすばらしい行動である.そうであるにも関わらず,何故「出遅れる」という表現を使ったのだろうか.堂々と「これこれこういう理由もあり,ほげほげほげなので,従来の考えを改め,採用活動については4月以降にお知らせし,選考活動は夏休み中に行います」で良かったのではないだろうか.何故他社と比べるような「出遅れる」という言葉を入れてしまったのだろう・・・.ものすごくいいことを書かれているのに,そこだけが残念です.
偏差値50の子どもを大学教授にする47の法則―東大に行かなくても大学教授になれる
著者: 熊谷 嘉人
価格: ¥1365(税込)
出版社: ゴマブックス (2005/10/1)
ISBN-10: 4777102408
ISBN-13: 978-4777102402
久しぶりの書評です.全然読めてません.4,5冊のストックがあります.さっさと読めと自分に言いたい.今回はキャッチーなタイトルでメロメロになってしまった本をご紹介.ブックオフで見かけて買おうと思ったら900円もしたので,うーんうーんと悩んだところ,amazonマーケットプレイスで19円だったので,即ポチしました.
さて,誤解がないようにハッキリと述べさせていただけば,この本は釣りです.タイトルと内容は一致しないと思います.こういうキャッチーなタイトルが付けられる時って,だいたいが釣りですよね.タイトルが釣りだからといって,内容が悪いかといえばそうでもなく,内容とタイトルの不一致が気になるだけで「私はこうして大学教授になった-実践したい教育方法47」とかだったら,良いと思う.だって,「大学教授にする法則」じゃないものが含まれてるし,「偏差値50の子ども」という感覚が理解できない.でも,本書の内容は「大学教授に対する理想的な研究環境を作り上げるための指導書」だと見ると,実にすばらしい内容である.結論をいえば,熊谷先生のような先生になりたいし,そのような研究室運営をしたいと思う.今のオレには無理だが.日々是努力.
本書はまえがき,あとがき,第1部,第2部で構成されている.第1部は「私大出身の私は,こうして国立大学の教授になった」で,国立大学へのコンプレックス披露しつつ,自らのサクセスストーリーを紹介しています.嘘です.オレフィルタで事実が曲げられています.実際にはサクセスストーリーではなく,紆余曲折あった旨が書かれています.国立大へのコンプレックスは明確には書かれていませんが,あるように思えます.なんでなんでしょうね?わかりません.
第2部は「偏差値50の子どもを大学教授にする47の法則」で,実際に47項あります.折り目がついている法則だけ挙げてみます.
- 11 運動部が全国大会優勝を目指すように,研究論文を発表させる
- 17 いろいろな学会に顔を出し,自分の学生を積極的に売り込む
- 18 研究方法だけでなく,社会人としての基本も教える
- 29 「才能があるかどうか」に迷ったら,「好きかどうか」にもどれ
11は実のところ,その法則はどうでも良くて,中のストーリーが良かった.要約すると,ある教授のWebサイトに「教授の誕生日」というのが書かれていて,著者は「こんなの意味ない」と言ったらしい.それは言葉とは裏腹に羨ましいのだと理解した学生たちが,誕生日パーティーを開いてくれたという話.いいなぁ(羨望のまなざし).
17は当然として,18は常々私もそうだと思っている.研究室は社会人に出て行く最後の段階を過ごす場であり,社会人としての基本をしっかりと教える役目も持っていると思う.研究室なのだから研究をするのは本分としても,卒業生が研究と関係のある就職先に行くとは限らない中で,本当に役に立つのは,社会人たるに相応しい振る舞いや基本を学ぶことではないかと思う.とても大事なことだと思う.敬語の使い方とか,挨拶の仕方とか,ある程度習慣がないと自然にこなすのは案外難しい.これについては,4403や発声練習さんが指摘している.社会人としての基本は就職活動時から求められるだろうから,学生の就職先を案じるならば社会人としての基本を教育するのは研究室の役割として当然だろう.大事にしたい.
29は「好きこそものの上手なれ」と同じである.好きだからこそ続けていける.いやいやなものは続けていけない.いやいやでも続けていくという真正Mの方がいるかもしれませんが.才能も大事かもしれませんが,継続は力です.続けていくことができるという力は大事だと思います.下手の横好きでもいいじゃないですか.指導者としてはそっちの方がよっぽど可愛いです.
最後のあとがきがオレにとっては実に秀逸だった.あとがきのタイトルが「学生に自慢される教授になりたい」であり,やはりこの本が理想教授像を示す本であることは明らかである.詳しくは本書を手にとってご覧いただくとして,いつも通り,最後は引用で終わりたいと思う.
アメリカでの三年間の留学を終え,いよいよ日本へ帰るというとき,「本当にいろいろお世話になりました.就職も決まったので帰ります.日本に帰ったらいい論文を書くことでこのご恩返しはします」とお世話になったチョー教授に挨拶をした.
すると彼は,「あなたが恩返しするのは私にではない.私があなたにしたことをあなたの学生にしなさい」と言われた.
偏差値50の子どもを大学教授にする47の法則 p.204 ll.8-12
まとめ:
良い指導教員,師匠,先輩,友人と出会い,その中で自分のできる最大限を尽くしなさいと言うこと.そのための手助けが本書には書かれています.結局は努力と出会いだと思います.だとするならば,指導者たる大学教員はそのような環境を準備してしかるべきかとも思います.そういう意味で,この本の本当の読者は大学教員であると思います.文字が大きく,行間も多いので,エッセイ並のスピードで読めますので,ご一読下さい.
関連:
非コミュな人が大学院進学しちゃったらどうしたらよいか - 発声練習
おごるはなし・おごられるはなし - 4403 is written
こうしたい研究室運営 - 4403 is written
また2回分積んでしまいました.第12回は「高等教育の現代像」です.高等教育の役割が時代とともに変化してきていることを説明している.
高等教育,特に大学が果たす機能としては,「教育」「研究」「社会との連携・社会への貢献」が挙げられる.うん.教育が先頭にくるのは当然のことです.重きが置かれるべきだからです.大学の歴史を辿ると,ボローニャ大学の学生組合,パリ大学の教員組合が大学の始まりとして紹介されている.後者は現在の大学へと直接繋がっている.前者はいわゆる私塾だろうか.
トロウによる高学歴社会の高等教育像によれば,エリート型,マス型,ユニバーサル型に分類することができ,現在の日本はユニバーサル化が進行している.帝大はこの分類ではエリート型に相当するが,戦後のベビーブーム等によって日本はユニバーサル型に向かっており,それを多くの私立大学が支える構造となっているのは明らかである.そういう視点から考えれば,旧帝大と私大ではその担うべき役割が完全に異なっているし,比べることすら無意味ではないかとも思う.ところで,旧国立大学は各都道府県に1つ以上あるんじゃないかと思いますが,道州制が導入された場合,どうなるんでしょうね?
なお,第12回の副講師の先生がなかなかユニークなキャラクターでした.「ありがとうございます」が口癖なのだろうか?主講師の先生が少しやりにくそうに見えたのは,きっと気のせいではない・・・.
第13回は「メディアと教育」です.放送教育とか,CAIとか,e-learningとかの話です.なお,第13回の副講師の先生はやりとりしやすそうでした.説明もわかりやすかったです.ま.説明が教科書順通りだったからですが.
メディアは古くは洞窟壁画までたどれるようです.近代的文明のところでは,15世紀の活版印刷だそうです.1746年に刊行されたコメニウスの世界図絵は初めての絵入り教科書として知られているそうです.
メディアと教育の関わりを考えるとき,テレビの教育番組は欠かせないでしょう.放送文化基金の調べでは,生後3,4ヶ月の赤ちゃんの半数が,テレビを見て笑ったり音楽に合わせるなど「立派な視聴者」であるそうだ.その反面,興味のあるところははっきりと視聴し,興味がなければそっぽを向くという「アンテナ視聴」をする.
最後にはCAIやe-learningなどの多様なメディアが利用されるようになると,メディア・リテラシーの能力が必要になってくると述べている.まさにその通りであって,勉強するための勉強,つまりメタ勉強が必要になってくる.e-learningは本当に教育を破壊的イノベーションに向かわせることが出来るのだろうか.
ToDo:年内中に「発表の仕方・発表の聞き方」なるスライドかまたはブログを書く.
このような宣言をしたにもかかわらず,年内中に出せるものは「発表の仕方」のみでした.えぇどうせボクはヘタレですさ.しかも,内容は何も真新しいことはなく,一般的に知られていることをまとめたに過ぎない.でも,一先ずはそれなりの形になったので,公開してみたい.dis覚悟なので,disって下さい.叩き上げて,より良い資料になればと思います.
発表の仕方 rev.3 1001131601版
対象は学会や卒研などで大勢の前で初めてプレゼンをする人です.これから卒研,修論,学会発表など色々とそういう時期に突入すると思います.冬休み中に啓蒙されて,冬休み明けのライバルに差を付けよう!
なお,後日改めて「発表の聞き方」は公開します.これは年度中と自分を甘やかしておきたい.
関連:
サーベイの仕方・論文の読み方 - 4403 is written
200912291441追記:
杜撰な研究者さんからコメントを頂きました.
学生さんに限りませんが、左右に揺れながら発表される方を見かけることがあります。直立不動も何ですが、揺れる方が気になってしまう気がします。
私自身はそのような発表者は印象に残っていません.しかしながら,無意味に左右に揺れながらの発表は目につきます.注意したいです.
201001131601追記:
最後のスライドが「ご清聴ありがとうございました」なのは学生のプレゼンの悪い癖だとどなたかが書いておられた。最後のスライドは「まとめ」であるべき #prosym51
なるほど.取り入れました.
11月頃から案内が出ていたらしいが,私は昨日郵便で案内が届いたことで初めて知った.筑波大学大塚地区の校舎改修整備に伴い,文京学習センターを取り壊し新築にするらしい.そのため,新年度から文京学習センターは別の場所に仮移転するらしい.
○仮校舎の候補地:
旧西浮間小学校校舎(北区浮間4-29-30)
・最寄り駅:JR埼京線「浮間船渡駅」(駅から徒歩2分)
・「浮間船渡駅」まで最短時間:池袋駅から13分、新宿駅から19分○移転予定期間:
平成22年2月中旬~平成23年3月(新校舎竣工まで)
・平成21年度2学期の単位認定試験修了後に仮校舎に引越し
・仮校舎は平成22年4月から運用を開始予定
なるほど.これは遠ざかるなぁ・・・.単位認定試験に行くのが面倒くさくなるなぁ・・・.というわけで,東京には学習センターが4カ所あるので,他の学習センターに移ろうかと思って調べたところ,辛うじて浮間舟渡の方が近いようだ.てか,世田谷も足立も駅から遠いようだ.うーん.浮間舟渡かぁ・・・.遠そうだぜ.
教育社会学第11回と関連の話題から,社会における大学の位置づけについて書いてみようと思う.
義本 ただ、全国には世界で競い合う総合大学もあれば、教養教育を一生懸命にやる大学、地方で高等教育の機会をしっかりと支えている大学などさまざまな大学があり、大学での多様な学びを希望する人にその機会を保証するという観点からは、それぞれが大事な一翼を担っているわけですね。
現在の大学は個々の様々な希望を受け入れるために,多様な学びを提供している.世界最先端の研究を推進する大学があれば,就職に強い大学,教養に長ける大学,国際色豊かな大学,手に職を付けさせる大学.実に様々であり,私の短いキャリアからしても,現職校と出身校では,その目的とする特色は異なっているように感じる.学生の雰囲気はそんなに違わないが.能力は違うけど.
これはこれとして,教育社会学より類似の話題を引用.
近代社会において学校教育は雇用市場への人材提供を主要な機能の1つとしてきました.しかし近年,学校の持つ人材形成機能に様々な問題が生じています.若年の失業やニート,フリーターなどの問題がその代表例です.
教育社会学('07) 第11回放送授業より
近年,ニートやフリーターが問題となっているが,その問題の一端は学校教育にあるという指摘である.高度成長期から90年代初頭にかけては,学校教育を終えれば,すぐに正社員として採用され,学校と企業の関係ができていて,学校も就職に当たった教育をそれほど行っておらず,企業に入ってからの教育に期待があった.それに対して,90年代半ば以降はこの状態が変化し,大学をいわゆる就職予備校のような位置づけにする動きがあることは否定できない.そのため,卒業すれば正社員として採用されるというキャリアパスが失われ,典型雇用と非典型雇用の2つの道ができてしまっている.
また,若者の就職状況が変化したことについて,新卒一括採用と教育の職業的意義の希薄さという点を指摘している.学校の中で職業的能力を身につけていない場合,学校から離れてしまうと,これからのキャリアに必要なスキルを身につけるのが難しくなっており,新卒の機会を失うと正社員としての雇用を受けることが難しくなっている.
私は企業人ではないので,新卒一括採用がどうなのかというのはわからない.大学人としてこの指摘の1つとして考え得るのは,社会における大学の立場だと思う.これからの大学教育においては,キャリアエデュケーションをしっかりと行う必要性があるのだと感じている.これは前期に受講した職業指導と通じるところがある.大学教育は中等教育の上を行く高等教育を施すだけにとどまらず,社会に人材を輩出する役目を担うべきところにきているのではないだろうか.教育は高等教育のみならず,職業指導をも含むべきであるし,研究のみならず,教育にも注力すべきである.そう,それは大学の役目であるのだから,各研究室の責務でもあると思う.一体何ができているだろうか.
納屋 それと関連して言いたいのは、「大学の本来の役割は教育である」ということです。昔の大学教員の大部分は「研究こそが大学の使命だ」と思っていたけれど、今の学生には、そういう論理は通用しません。大学の原点は「人材」をつくることであり、研究はもちろん大切だが、教育の場にその成果を生かす努力をしてもらわなければいけない。
教育の質を高めるためにFD(ファカルティー・ディベロップメント)をはじめ教育環境を整え、資金の裏付けなどさまざまな施策を講じましょうというのが今の大学改革なんです。
常々私が主張している方向に向かいつつあるのだろうか.もしこれがこれからの大学教育改革の本流になるとするのであれば,乗り遅れたらすぐに取り残される流れだと思う.教育のできない大学教員は必要とされなくなるのだろう.
第11回は「若者と仕事をめぐる諸問題」です.内容はニートとかフリーターとかの話でしたが,説明は端折ります.これについては関連の話があるので別エントリを書きます.
なお,副講師の先生のしゃべり方が特徴的で,結構好きです.飲んだら爆弾発言をいっぱいしそうな人でした.すてき.
いよいよ第10回になりました.第10回は「教育改革と公教育問題」です.いわゆる「ゆとり教育」云々という内容.まずは定義から.ここでいう教育改革とは以下の通り.
一国の教育構造や学校体系のあり方そのものに加えられた大幅な変革を指す概念
教育社会学 p.140-141
さて,前半は教育改革として6・3・3制の見直しや非教員出身の校長任用について説明している.中盤では中曽根内閣の臨教審から始まり,歴史的,政治的,経済的背景から教育改革を説明している.後半にかけては「ゆとり教育」が実施された背景を説明しながら,TIMSS2003の結果とPISA2003の結果を紹介しつつ,現状の問題点を整理している.
特に真新しい収穫はなかった.
第9回は「教育の病理」です.教育現場におけるルール違反などを正常な状態に対する「病気」として扱う.つまりは,暴力,いじめ,不登校,学級崩壊などの「通常」からの逸脱を取り扱う.まず,教育病理という概念は次のように定義されている.
「広義の教育領域において生じる問題状況および広義の教育の結果として生じる社会的問題状況の総称」
教育社会学 p.123 ll.16-18
広義の定義でいけば,頭でっかちや勉強に没頭して嫁が見あたらないとか,明らかに教育病理であると言えますね.これは根が深い問題だ.
閑話休題.テキストでは,暴力行為,いじめ,不登校,学級崩壊に焦点を当てて解説している.まず,暴力行為.基本的に暴力行為が多いのは中学校である.2005年度では実に全体の76%に達するらしい.高校になると減少する.これは規範を内面化できた生徒が増えることと,懲戒を意識していることが大きいらしい.
続いて,いじめ.いじめは傾向が顕著で,中学校が圧倒的に多く,特に中1が突出している.これは「中1ショック」によるものと考えられます.同じように「社会人1年目ショック」も存在すると思うのですが,いかがでしょうか?
不登校は減少傾向にあるようです.しかしながら,やはり中学校での不登校は小学校に比べて数倍に増えています.中1ショックですね.なお,不登校に関しては高校はデータに入らないそうです.これは高校が義務教育ではないことと,指導による改善が見られない場合,中途退学になるからだそうです.なるなる.
最後に学級崩壊.文科省は「学級崩壊」という言葉が一人歩きすることを恐れ,その言葉を使わず,調査も行っていないらしい.学級崩壊の調査を行っているのは独法の国立教育政策研究所だそうです.なお,学級崩壊とは「学級がうまく機能しない状態」と定義されるようです.この定義に従うなら,研究室崩壊する日も近そうです.すでにしているかも?
そして,まだ1週分積んでいる件.つんどくー!
2月頃に国際会議で(久しぶりに)海外に行くので,国際学生証を手に入れてみた.折角なので,取得可能な国際教員証も手に入れてみた.たぶん,意味はない.
これが国際学生証です.通称ISICです.手続きは簡単で,申請書に記入して,イケメン写真を1枚付けて,学生証のコピー(原寸大に切り取ること)を付けて,1430円を学生生協に支払うだけ.郵送でも手続きは可能のようです.なお,有効期限は12月1日からと設定されているので,その頃に申請するのがいいと思います.今回は12月1日付けで生協に受理していただきました.実際には11月30日に提出したのですが.届いたのは12月4日でした.うーん,早いぞー.
こっちはITICこと国際教員証.所属校が略称で表記されるのですが,これ・・・海外で理解されるんですかね??理解される必要ないのかな?なお,役職の表記はないです.なんちゃってProfessorの誕生です♪
まとめ:
ISICなら国内でもいろいろな施設等で学割を享受できます.普通の学生証よりも割引率が良かったりします.他にもMicrosoft DreamSparkが利用できたり,海外で様々なサービスを利用できます.話の種に持っていてもいいかなって思ってます.
ノーベル賞・フィールズ賞受賞者による事業仕分けに対する緊急声明と科学技術予算をめぐる緊急討論会
現在政府で行われている事業仕分について、ノーベル賞受賞者・フィールズ賞受賞者による緊急共同声明の発表、記者会見を行います。教職員の多くのご参加をお待ち申し上げております。
ノーベル賞・フィールズ賞受賞者による事業仕分けに対する緊急声明と 科学技術予算をめぐる緊急討論会 - お知らせ - 東京大学 大学院理学系研究科・理学部
オフィシャルでust中.すげー豪華なメンバーで熱い議論が.てか,名言飛び出しすぎ.
200911252002追記:
江崎先生「遅れてやってきたら,『今日はいっぱいなのでもう入れません』と言われた(爆笑)」 #utnobeldebate
江崎先生・・・.
最早10日以上前に「ブログに書く」といって以来,音沙汰なしになっていたけど,いい加減,書かないといつまでも積んでしまいそうなのなので,ケツカッチンの今こそ書いてみる.
「研究室に入って、俺自身はちょっとは成長したけど、このままだとほとんど成果なしで去るんじゃないか?いいのか?」と思ってたけど、逆に考えて「研究室に成果は溜まるけど学生は成長しない研究室とか最悪だな」と思うと、ちょっと楽になった。
これはすごく大事なことだと思う.研究室に所属する頃になると,社会に出て行く直前となる頃合いだと思う.大学は教育研究機関であることを思い出してみると,研究室の役割は研究を行うことだけではなく,学生たちを社会に出て恥ずかしくないような人材に育てることも然りであると思う.
研究室での指導方針というのはいろいろとあるだろう.手取り足取り,道を与えて,その道を踏み外すことなく歩ませることで成功体験を与えるやり方.大人なんだからという前提から自発的な活動に任せて,自由な研究環境を与えるやり方.他いろいろ.
このつぶやきで提起されているのは,各個人と研究室のつながり方である.研究室は長いこと脈々と続いていくものである.研究室に所属する卒研生や院生はその一部分に過ぎない.ここで研究室の視点から考えると,長期的な視点で考えられている研究の部分部分をその時々に在籍していた学生に割り振り,研究を進めていくことになる.それはそれだと思う.短期的に終わらない研究なんて山ほどあるわけで,複数代で継続して行われる研究は多くあると思う.これを学生の視点で見ると,研究室の業績を蓄えるために成果は出したが,自分自身は何かを得たのだろうかと感じてしまうのかもしれない.
つぶやきに書かれているように,研究室で自分自身は成長したと実感することは大事だと思う.そこで大した成果を研究室に残せなかったとしても,自分自身が成長していることこそが重要だと思う.その上で,自分の成長の証として,研究成果なりなんなりを研究室に残していってくれれば,指導教員冥利に尽きるというものであろう.研究は進んだけど,特に成長しませんでした(実感できませんでした)というのは,何を指導したのかと考えてしまう.
オレは,社会人たるに相応しいマナーや常識,経験を十分に積むべき期間が研究室在籍の期間だと思っている.もちろん,それは研究をしなくていいという話ではない.研究も大事だが,そのような役割も研究室は担っていると思っている.
これもあれもそれも,結局のところ「愛○○心」という話になるわけだが,「愛研究室心」と言えばいいだろうか.教員と学生がお互いのできる最善を尽くし合うことによって構築される信頼感と安心感が,優れた人材育成と安定した研究成果をもたらすのではないかと思っている.そういう研究室運営をしたいなぁと思った次第です.
ちょっとお勉強を積みすぎです.というわけで,連休を利用して一挙に消化します!第7回は「分岐点としての中等教育」,第8回は「教育におけるジェンダー」です.
えっと.第7回はよくわかりませんでした.中等教育の起源は「ポスト初等教育」と「プレ高等教育」の2つある.
第8回は興味深かったです.学校教育におけるジェンダー問題がいろいろ取り上げられていました.特に,「かくれたカリキュラム」が興味深かったです.名簿や席順が男女別だったり,男子が先だったり,リーダーは男子,その補佐は女子という「らしさイメージ」による役割分担だったり,教室内における「かくれたカリキュラム」が存在しているようです.
また,ジェンダーの観点から以下の指摘がありました.引用は正確じゃないです.
女性は理数系に向かないというステレオタイプが少女たちを理数系の勉強や進路選択から遠ざけている可能性がある.
その通りだと思います.オレに言わせるとよく出てくる「可能性は開く方向に」ってやつですね.狭い視野で可能性をふいにしてはなりません.いつだって,すべての可能性は開く方向に作用されるべきです.女性が理数系に向かないかどうかなんてわかりませんので,そのようなステレオタイプは可能性を閉じていると言えるでしょう.
それから制服の話.男子の学校制服は,1880年代後半に軍服をモデルに作られたらしい.へーへーへー.女子の洋装制服はブルマが先行で,その後に軍服のセーラーをモチーフにセーラー服が作られたらしい.ブルマ先行とは・・・.ブルマが消滅した現代初等中等教育は歴史を断ち切ったのですね.悲しいことです.
なお,真面目な授業のはずなのに,「ブルセラ」だとか「性的欲求の対象」だとか,なんだかすごいです.
女子高生が制服を纏うことで自らのセクシャリティを封じ込められる反面,それと同時に性的な欲望の対象として逃れられないというジレンマを背負っている.
なんてこったい!つまり,制服女子高生が性的欲求の対象なり得るのは自明であるといえるのではないでしょうか.うーん.ジェンダー論,奥深し.
11月23日~24日に六本木アカデミーヒルズ40で開催されている慶應義塾大学SFCのORF2009にちょろっと潜入してきた.ぶっちゃけ.起きるのが遅かったので,午前はリアルタイム中継の映像を見ていた.これがかなり高品質で嫉妬.シスコの製品を使っているらしい.うーん.サクサク.
写真は全然撮ってないです.写真を撮ってもモザイク処理等をすると最早何を撮ったのかわからなくなると思ったから.いや,そのくらいに人が多かったです.休日だからですかね?兎にも角にも,大入りでした.会場内は所狭しと展示やパネルがでており,最早カオス.しかも,SFCの各研究室などが出展しているわけで,バイオもあるしメディアもあるし福祉もあるしネットワークもあるし.こういういろいろな分野の発表があると,大変にエキサイティングです.
どんな展示があるのかなーって会場内をのんびりとうろうろしていたところ,うっかり#B02の出展者さんにキャッチされました.うーん.#B02をみたいオーラがにじみ出ていたんだろうか・・・.SSHのブルートフォースアタックやマルウェアの説明をしていただきました.後に,@m_mizutaniさんとお話しできました.リアル初遭遇!でも,ブログ名刺を持って行き忘れた件orz.マルウェアについてより詳しく説明をしていただきました.
その後はプレミアムセッションで「地域から社会を活性化する」ことの可能性を聴講しました.要するには,第六次産業なので,地方に行ってトリックスターになりましょうという話(だいぶ偏ってるなぁ).このセッションはパネルとしてとても面白かった.しかも,パネラの1名は遠隔テレビ会議で参加というハイテクさ加減.
やっぱりこれからは農業だよなぁ.自給自足の生活ってすごく贅沢な生き方だと思う.ロハス的な意味で.っていう話を東南アジアの人にすると,大変に不思議がられる.満たされ過ぎなのだろうか.
さて,今日もiPhoneでTwitterしながら移動していたわけですが,どうやら#C05がかなり大変なことになっていたらしい.内容は肉食系女子が童貞を判定する研究らしい.何を言っているかわからねーと思うがオレもわからねー(AAry.他にもHTML5の中の人がいるらしかったり,学習パターンの冊子が秀逸だったりするらしい.大変に見逃しておるぞ.明日,飲み会の前に立ち寄るべきだろうか・・・.悩むぜ.

