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リハビリがてらに真面目なエントリを久しぶりに.闘病だけが人生じゃありませんのだ!
コピペレポート問題はある程度の周期でループしているような気もするけど,また話題に上ったので書いてみる.過去に取り上げたのは以下の通り.
最近話題になったのは,コピペレポートを発見するソフトが開発されたとかなんとか.
阪南大(大阪府松原市)ではコピペを発見するプログラムを開発、対策に乗り出した。リポート中の重要名詞を複数選び、検索エンジンで探した大量のホームページと比較。6割以上が似ていると「コピーの可能性あり」と判断、担当教員に伝え指導を求める。
コピペ リポート悩む大学…ネット世代屈託なく : ニュース・トピックス : 大学新時代 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
少しでも自然言語処理をかじったことがある人なら,コピペレポートかどうかを確認する程度の簡単なソフトウェアなら,造作もなく作ることができるだろう.オレも自分で作って使っていたこともある.今はメンテナンスされていないので使えなくなっちゃった.サーバの設定が悪いんだけど・・・.n-gramで一発じゃんね.どこからコピペしてきたかなんて実はどうでもよくて,どのくらいコピペが蔓延しているかを知りたかっただけ.実に半数にも及んだわけですが・・・.
オレはね,コピペレポートを駆逐したいとは思っているけど,コピペ自体が悪いとは断じることができないと思っている.コピペは引用のはずだから,引用元と引用部分を明示しなくてはならない.毎回強調しているのはその部分である.しかしながら,引用元を示さなければ,引用部分も明らかにしない.それは何故か.単純にコピペのコピペ(つまり孫引き)だからだろう.そして,出典を明示しないコピペは引用ではなく剽窃であり,著作権法第119条以降の罰則が科せられる.だからこそ,そのようなコピペレポートは駆逐されてしまえばいいと思っている.
適切な引用をしようと思ったとき,全く同じ文章をタイプするのとコピペをするのではどちらが正確だろうか?明らかに後者であろう.正確なだけではなく,実に簡単なのである.だから,コピペ禁止とは言えない.だからといって,むやみやたらにコピペしまくればいいというわけではない.レポートで要求されていることに対して,必要十分かつ最小限の引用でなければならない.だから,本来はレポートを書く上での引用は非常に頭を使う作業のはずである.調べてきた内容を全てだらだらと書き連ねるなどということは大学生のレポートではない.
そもそも大学の授業でレポート課題が課されるのは何故だろうか.1つには成績評価の材料とするからというのがあろう.また,授業の内容を理解しているかどうかを確認するという目的もあろう.さらにいえば,適切な文献を探す調査能力,調査内容をレポートとしてまとめる文章構成力と執筆力,適切であり説得力のある展開を構成するための論理思考を養うことも目論みたい.大学教員は実に狡賢い.1つのレポートで3つも4つも得を得ようとするのだ.そして,今の大学生は成績評価の材料としてのレポートしか提出していないのだ.折角,これらを学ばせ身につけさせようと機会を与えているのに,敢えて放棄するのだ.授業で何度も説明しているのに全く響かない.
その昔,オレが学生だった頃は,レポートは手書きだった.別にパソコンがない時代ではなかったけど,グラフをパソコンで作成するのがあまりにも面倒だったので,手書きワープロ混在のレポートは認められていなかったこともあり,全て手書きのレポートであった.もちろん,そんなアナログな時代であっても,過去レポは存在していた.そのため,レポートを写そうと思えば写すことはできた.しかしわかるだろう.手書きで全く同じ文章を書き写すのは面倒なのだ.そうすると,パクリ元の文章をよく読んで,必要最低限の部分だけを写そうと考える.これは知的活動が伴っている.文章を読み,その意味を理解している.必要な部分と冗長な部分を選別できている.そして,論理的破綻なく文章となるように再構成する.結果として,元よりも短い文章ができあがってしまい,考察が実に薄っぺらいものになってしまうので,後ろめたさもあって別に文献調査をして独自の考察を付け加えたものだ.
閑話休題.話がそれてきた.コピペ自体は悪くはないと思うが,出典は明らかにするべき.孫引きはするべきではない.他人のレポートを写したのであれば,潔くそのレポートを参考文献に挙げるべき.Wikipediaは自由に書き換えることができるので,引用元としては不適切.実験レポートの範囲なんて,図書館で本を調べて引用して欲しい.基礎的なことが考察になっているはずだから・・・.
まとめ:
コピペレポートなんてなにもいいことないのに.
201008190944追記:
発声練習さんから核心を突くエントリが.
都内某大学で数学科の大学2年生を対象とした楕円曲線暗号の夏期集中講義が行われるという噂をキャッチしたので,某大学の学生でも関係者でもないけど,こっそりと潜入してきた.
日程をよく調べていなかったけど,今日は最終日でした.そのため,講師の先生に,
君は今頃出てきて単位がもらえると思ってるの?罰として授業のテキストをブログに公開しなさい.
と言われたとか言われてないとかで,講義資料を公開することになりましたので,ここに謹んで公開したいと思います.
先生・・・.単位下さい><.
今日は最終日だったので,第3章のみでした.内容はECCして,ECDHしてECElGamalしてECDSAって感じです.細かい部分は別として,大雑把には知っている話だったので,辛うじてついて行けました!よかった~.
対象の科目は教職科目になっているそうです.最近の高校情報では電子透かしを習うらしいので,楕円曲線暗号くらいは知っていた方が良いのかもしれません.うーん.情報は基礎が疎かなまま,どんどん高度化しておりますな.高校では既に手遅れだけど,情報の授業でマジコンが何故ダメか説明できない先生って・・・.
というわけで,社会人になってからの方が,ちゃんと勉強しているんじゃないかと思っている4403でした.
今学期受講している3科目の中で,結局1番最後まで積ん読にされてしまったのが,心理カウンセリング序説である.実際には,放送授業を2,3回聴いていたのだが,実に単なる聞き流しになっており,要点が全くつかめていなかったので,この2週間で時間を作って復習をした.ラジオ放送で,キャンパスネットワークから全講義をダウンロードできてしまうのが,勉強に身が入らなかった原因と思われる.やはり,強制力は大事.
講義の中でいくつか神話のエピソードが紹介された.コップの水が飲めない話(これは神話じゃないな),王様の耳はロバの耳,スフィンクスの問.コップの水が飲めない話は,アンナが嫌っていた使用人の犬がコップから水を飲むのを見たことによって,それが心理的外傷(トラウマ)となったものであり,その扱いが難しい事情が感情を伴って話されることで,解放された(カタルシス)事例である.王様の耳はロバの耳も同様で,王様の耳がロバの耳であることを唯一知ってしまった床屋は,扱いの難しい事情を抱えてしまった.そのため,それを誰かに話したくて仕方がなかった(解放されたかった)ため,穴を掘って,「王様の耳はロバの耳」と叫んで,穴を埋めたという話である.スフィンクスの話はギリシャ三大悲劇の1つである「オイディプス王」の話である.神託によって「父を殺し母と結婚するであろう」と告げられる,エディプスは自分の父と知らず偶然に父を殺し,スフィンクスの「朝は4本,昼は2本,夜は3本のもの?」という問に答え,エディプスは王となり,実母を妃としたものである.これをエディプスコンプレックスという.
本講義ではセラピストとして「聴く」こと,「語る」ことが説明され,カウンセリングの器(レトルト)の説明があり,意識と無意識,セラピストの「読み」「問いかけ」「語りかけ」が説明された.
心理療法として,フロイト派とユング派があることは有名である.p.65 図5-5で説明されるように,心理療法における学派は,治療の過程が外的であり患者の現実が内的であるものがフロイト派,治療の過程が内的で患者の現実が内的であるものがユング派,治療の過程が外的で患者の現実が外的であるものが行動療法,治療の過程が内的で患者の現実が外的であるものがロジャーズ派である.基本的には学派がどうこうではなく,学派を超越して幅広く学ぶのがよいだろう.でも,河合隼雄先生派なので,ユング派かなって思ったりもしている.実は河合先生の著書は10冊近く持っている.全部実家に置き去りだけどwww.
ただ,1つ残念なことがあって,この心理カウンセリング序説は前提知識が要求されており,心理臨床の基礎やら心理学入門を受けていた方が良かったようだ.というか,序盤の飛ばしっぷりに平然と置いて行かれてしまった.スクールカウンセリング('10)のおかげで,少しはついて行けたのが,せめてもの救いだった.大変だったぜ.
今日から全国的に放送大学の単位認定試験です.初日1限目のスクールカウンセリング('10)を受験してきた.今回から問題の持ち帰りが可能になっている.そのため,各教科の出題傾向が変わることが懸念された.
結果としては,出題傾向が変わり,五者択二から,四者択一に変更された.出題は全10問で,誤っているものを選べが5問,正しいものを選べが4問,自習型問題から1問であった.問題は「無断転載を禁ず」と書いてあるので,掲載しない.そのうち,暇ができれば,答え合わせということで,必要な範囲で問題を引用しながら解説したいと思う.たぶん,しないけど.
なお,今回から文京学習センターは仮移転のため北区の浮間舟渡に移転している.距離的には遠くなったのだが,移動時間は短くなった.今までは茗荷谷の筑波大学構内にあったため,歩いて通っていたため,40分近くかかっていたが,浮間舟渡駅前の仮校舎はdoor-to-doorで40分かからない.アメーイジング!
また仮校舎は元小学校なので,エアコンがなかったらどうしようかと思っていましたが,ちゃんとありました.設定温度が高めでちょっと暑かったですが.机や椅子が筑波の時よりも良くなってましたw.
この後,最終の8限に生徒指導('06)があるので,それも受験してきます.なんでこんな試験割を選んでしまったんだ(放送大学は受講科目を登録する際に,すでに定期試験日程が発表されているので,定期試験に合せて受講科目を選ぶこともできる).茗荷谷にあったとしても,おかしいだろw.
201007252217追記:
8限の生徒指導('06)を受験してきた.放大で初めての記述式試験です.ドキドキ.設問は「生徒指導のあり方」で,700字から800字で書けというので,780文字くらいで爽やかに書ききってきた.書ききったので,余裕で途中退出してきた.小論文は悩んじゃダメだよね.書ききらなきゃ.ちなみに,解答用紙が方眼目じゃなかったので,文字数があってるかは非常に不安.16文字×25行になっていたけど,1行が16文字かどうかが怪しいw.
201007271554追記:
2日目5時限目の心理カウンセリング序説('09)を受験してきた.全10問で四者択一.出題は通信指導問題,自習型問題と似て非なるもので,いいようにもてあそばれたような気がする.実に出題文の雰囲気が似ており,類似問題を彷彿とさせつつも,全く違うことを訊いている.これは厳しい.心理学の試験こわいよ・・・.心理的誘導をされている気がするorz.
いよいよ最終回です.スクールカウンセリングの第15回は「カウンセリングと宗教性」です.
最終回はさすがにクライマックス!あの河合隼雄先生がビデオで登場!河合先生と遠藤周作先生の豪華対談の映像が流されました.なんということでしょう!最終回も全力で行く感じです.
この回のキーワードは「魂」です.河合隼雄先生は以下のように述べられている.
「私がしたんでもないし,だれがしたんでもないけれど,非常に了解不可能な現象を起こす主体を考えたなら,魂と名付けるよりしかたがないわけです」
スクールカウンセリング('10) p.183
またユング派の分析家ひるまんは以下のように記している.
「たましい(soul)とは,ひとつの実体(サブスタンス)ではなく,ある展望(パースペクティブ),つまりものごと自身ではなくものごとに対する見方を意味している」
スクールカウンセリング('10) p.184
ということで,スクールカウンセリングを全15回受講したわけですが,なかなか考えさせられるものでした.教育の現場では色々な問題が起きており,そこで活躍するスクールカウンセラの役割も非常に重要なものとなっている.スクールカウンセラは単独でクライアントに向かい合うわけではなく,周囲の人たちや精神科と連携して,様々な扱いが難しい事象と向き合っていくんだと思う.
いよいよ最終回が近づいてきました.第14回は「スクールカウンセリングの課題と展望」です.今回の資料は平成19年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」から紹介されている.
まずはじめに,いじめの認知件数の推移が説明されている.平成17年度から平成18年度にかけて,急激に増加しているように見えるが,平成18年度からいじめの定義が「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」となったことによる.なお,平成17年度までは認知件数ではなく,発生件数である.平成18年度から平成19年度にかけては減少しているが,それでも多くのいじめが認知されている事実がまだまだある.
続いて,学内外における暴力行為発生件数の推移が説明されている.平成12年に1つの山がある.また,学校内暴力は対教師暴力や器物破損が多かったが,平成の初めころから対教師暴力に比べ生徒間暴力が増えてきた.この調査も平成18年度から調査方法が変わっており,公立学校に加え,国・私立学校も調査対象となっている.平成18年度から平成19年度にかけては増加している.
第12回は「医療との連携」です.医療現場の実際として,千葉大学病院の状況が紹介されていました.
「こどもの心診療部」に来院する理由の「主訴」を見ると,不登校,発達の問題,身体症状がそれぞれおおよそ2割を占めている.「診断」で見ると,適応障害や身体表現性障害がおよそ3割,発達障害がおよそ3割となっている.
「適応障害」とは,はっきりとしたストレス状況に反応して,情緒面や行動面に症状が現れる場合に診断される状態である.
「身体表現性障害」とは,心に何らかの負荷がかかっている状況で,身体の症状としてそれが現れてくる状態をいう.
スクールカウンセリング('10) p.142
この他に,児童期から思春期にかけて注意が必要な精神疾患として,以下があげられる.
「統合失調症」は,思春期に発症する疾患の中でも特に注意が必要である.総人口の1%弱が一生のうちに発症する比較的頻度の高い精神疾患で,幻覚や妄想のため,それまでの当たり前だった現実が当たり前でなくなり,強い不安,恐怖をいだく.
「気分障害」は大きく,うつ病と双極性障害(躁鬱病)に分けられる.
うつ病は,気分の落ち込み,気力の低下,何事も楽しめなくなる,集中力や思考力,記憶力が低下する,食欲が落ちる,よく眠れないといった症状を呈し,もともと一所懸命にがんばりすぎる性格と,環境からの持続的な負荷が重なって発症することが多い病態である.
双極性障害は,うつの波と躁の波が数週間から数か月単位で繰り返し現れてくる病態である.
スクールカウンセリング('10) p.143
他にも,摂食障害(拒食症と過食症),解離性障害,強迫性障害,外傷性障害,対人恐怖症などが説明されている.
発達障害はいわゆる「知的障害」といわれる全般的な知能発達障害と,対人関係能力の障害が著明で言語発達の障害も伴う「自閉症」が主である.
しかし近年,全体的知能検査では検出されにくい部分的学習能力の障害(学習障害)や,知的障害を伴わない関係性の発達の障害(広汎性発達障害),注意集中力や衝動のコントロール能力の発達の障害(ADHD 注意欠陥多動性障害)などが無視できない頻度で存在することが明らかになってきた.
スクールカウンセリング('10) p.145
精神科受診を勧めるべき代表的なケースとして,以下があげられている.
- 睡眠障害,つまり眠りたいのに眠れないという状態が長く続く場合
- 小児科や内科などで異常がないと言われる身体症状が長く続く場合
- いつもと比べて明らかに元気がなかったり,人が変わったように見え,それが相当期間続く場合
- リストカットや薬のまとめ飲みなどの問題行動が頻発する場合
- 幻覚や妄想といった精神病レベルの症状が疑われる場合
- 外傷的な事件や災害に遭遇し,その後,うつ状態やぼうっとした状態,刺激に敏感でびくびくしている状態が続く場合
スクールカウンセリング('10) pp.147-148
第13回は「スクールカウンセラーの教育・訓練」となっている.
スクールカウンセラーにとって,異性の思春期の心理を理解することは大変重要なことである.
第11回は「教師との連携」です.
カウンセラーとしての信頼関係作りとして,筆者の行いが紹介されている.
カウンセリングの合間を縫って,職員室の机にできるだけ暇そうな表情で座るように心がけているが,そうするとさまざまな教師が「ちょっといいですか?」と話しかけて来られる.
スクールカウンセリング('10) p.135
これはすごく大事なことだと思う.博士課程の頃に「研究室では研究をしない」という目標を立てていたが,ほとんど同じだと思われる.研究室には卒研生や院生や先生がいるわけで,研究室では研究室でしかできないことをしたかった.それは議論やコミュニケーションなのだが,研究を進めること自体は議論などを種として1人で黙々とやればいいので,自宅でもできることだ.それを研究室でやるというのは,機会の損失に他ならないと思っていた.
また,立ち話の効果については以下のように述べられている.
そのような繊細な介入には,オフィシャルな場よりも,職員室の片隅や放課後の生徒がいない廊下の片隅での立ち話などのほうが心に届き,奏功する.
スクールカウンセリング('10) p.137
クライアントの視点に立って,クライアントが最も安心できる場を構築することもカウンセラの1つの仕事であろうか.
第10回のまとめで間違えて書いてしまったが,家庭訪問の内容は第10回じゃなくて,第11回だったようだ.本放送を見ながら書いていたから,混じってしまった.再度まとめると,家庭訪問時の心得は以下の通り.
「君のことを気にかけ続けているよ」というメッセージとしての家庭訪問.
- 放課後に.「学校に引っ張り出すために行くんじゃないよ」というメッセージとして.
- 電話で予告して.拒否する自由の保障として.
- 本人に「君が嫌なら会わない」と保証して.もし親が無理に連れ出そうとしたら「ノー」と子どもに聞こえるように言う.
- 家の中に入って.何を話しているかが本人に聞こえるように.
- 親との雑談を中心に.「先生,あんな話をするんだ」という意外な面が親しみに.
- 学校の話はできるだけしないで.「どうせする」と子どもは思っています.
- 短時間ですませる.5分で十分,長くて10分.お茶が出るまでいたら失敗.
第10回は「保護者支援」です.成長期の子どもたちは,保護者の影響を受けており,学校での気がかりな行動の背景には,保護者の抱える問題が作用していることは少なくない.
スクールカウンセリングの場で,カウンセラーから保護者の課題に踏み込んで行くと,保護者を,「スクールカウンセラーと協力して子どもの援助に当たる人」から,「自信が援助を受ける人」へと変えてしまうことになる.
スクールカウンセリング('10) p.121
カウンセラが家庭訪問をする場合の注意点も述べられていた.時間は5分くらい,長くても10分.子どもが出てこなくても,構わない.保護者が子どもをひっぱしだそうとしたら,子どもに聞こえるようにキッパリと断る.話をするときは玄関の中に入ってからする.そうすると子どもは会話を聞き耳を立てて聞くことが出来る.その際に問題に直接切り込むのではなく,たわいもない世間話に終始することも重要.などなど.
PTA主催の研修会でスクールカウンセラーが講師を務める目的の一つは,スクールカウンセラーの自己紹介である.
スクールカウンセリング('10) p.126
印刷物での自己紹介と生身の自己紹介では,相談への敷居はぐんと低くなる.講話を聞きに来る保護者の中には,相談したいことがあって,カウンセラーの下見にやってくる人も少なくない.
やっと本放送に追いつきました.まぁ明日が本放送なので,また突き放されるわけですが・・・.心理カウンセリング序説('09)が全く手つかずになっているのがどうにもこうにも困ったものだ.
第8回は「幼稚園・保育所のカウンセリング」です.最近の子どもたちについて,以下のように述べられています.
子ども同士で,群れて遊ぶことが少ない.グループで遊んでいても,そのなかで分かれて,少人数で遊ぶ.仲間で励まし合ったり,競い合うことが少なくなっている.
新しいことに挑戦して,出来たことを喜ぶ子どももいるが,失敗することに弱い子どもは多く,1,2回であきらめてしまったり,初めから取り組まない子どもも見られる.
スクールカウンセリング('10) p.101
全体的な風潮でいえば,大学生や新社会人らも同じではないかと思う.そういう意味では,これは社会的な影響があるのかなぁと思う.孤立した状態であっても,ググれば情報が得られ,mixiなどで仮想世界の友だちで満たされるという現状の影響がありそうな気がします.
第9回は「緊急支援」です.緊急支援とは,学校において,例えば事故,犯罪,自死などが生じた場合において,スクールカウンセラやスーパーバイザーなどに支援を求めることである.このような支援は,被害者支援とか危機介入(crisis intervention)などとも呼ばれる.
教材では中3の実力試験実施前日の放課後に,中2男子が携帯電話に「死にたい」と未送信のメールを残して,校舎から飛び降り,亡くなった事例が挙げられている.そのような状況での,家族,学校,生徒,メディアなどに対する接し方や要請などが説明されている.また,この事件をトリガとするASD(急性ストレス障害)やPTSD(外傷後ストレス障害)などへの対応事例も扱われている.
周囲の子どもたちのなかには,痛ましい出来事を茶化したり,(中略)批判的な行動をとったりする生徒もいるだろう.そのようなとき,えてして教職員や保護者は,「そんなことを言うものではない」とか「なんだ!その態度は」と感情的に叱ってしまいがちである.しかし,それらの言動は,子どもたちの不安の一つの表現と考えることもできる.(中略)もちろん,こうした言動は適切な対処方法とは言えないので,教員としてはきっぱりと注意する必要があるだろう.しかし,不安のうしろに潜む悲しみや無力感,時には怒りや嫉妬など,自分の中にある,複雑に絡まった気持ちを何らかの形で表現することは大切である.
スクールカウンセリング('10) pp.113-114
難しいです.
6月2日から8日まで,新宿高島屋11階催事場で,大学は美味しい!!が開催されていたので,出遅れ気味だが参加してきた.今回の目当ては,昨年購入できなかった米粉パンにちなんで,山形大学の米粉100%クッキーシューと弘前大学のひろだいカレーと帯広畜産大学の畜大牛乳.
まずは山形大学が目に付いたので,クッキーシューがあるかを確認しに行った.
あった!!これはゲットです!すぐゲットです!迷わずにゲットです!これはすごいんです.プラスチック発泡技術を駆使して作られています.グルメ工学とでも言えましょうか.無事にゲットできました♪
続いて近くにあるCSEC50で沸き立つ弘前大学ブースに!
売り切れ!!超売り切れ!!悔しい!店員さん(学生さん)に尋ねたところ,午後早くには売り切れるらしい.「明日の午前中に行きます」と伝えておいた.明日はカレーを買って,小樽商科大でラーメン食べてから登校ですね.頑張る.
会場を見て回っていたら,なんかいました.
奈良女子大に付いてきたようです.もしかすると中の人はJDかしら?いや,中の人などいない.
というわけで,他にも色々と見て回って,試食試飲を頂きながら,いくつか購入してきました!というわけで,購入したものをご案内.
目的の畜大牛乳をゲット!日持ちしないので1本だけ.試飲させて頂いたけど,文句なしの美味さ.みんなもっと牛乳飲もうぜ!
去年は赤ワインを購入した山梨大学から,大豆で作った飲むヨーグルトを3本買ってきました.何も言われずに飲んだら,飲むヨーグルトだと思ってしまうと思います.ちなみに,この絵にあるDr.ヤナギダさんが来てます.ちょっとお話ししました.「宣伝して下さい」ということなので,宣伝してますよ!みんな買いに行ってね!1本147円です!
こっちはお目当てだった山形大学の米粉100%クッキーシュー!畜大牛乳と一緒に頂きます!いやー.ふんわりサクッとで,美味しい!中身はだだちゃ豆でウマウマ.
まとめ:
大学は美味しい!!明日8日まで開催していますので,お見逃しなく.
頑張って消化していかないと詰まる一方.スクールカウンセリングは適当に進めているけど,心理カウンセリング序説('09)に至っては,通し聴きしただけで,全然要点をつかんでいない.どう考えても時間が足りない.
第6回は「高等学校のスクールカウンセリング」です.題材として,クライアントは性的逸脱行動やリストカットといった問題行動を抱えるJK18歳です.放送教材の俳優さんがケバかったのは誤差の範囲で.それはそれとして,放送教材の寸劇は誰が作っているんだろう?収録が上手くいっていないとか,前回もカウンセラーの服装にダメ出ししてたし,何故に教材内でそんなこと揉めてるの・・・.事前に確認してないのかなぁ・・・.
第6回で印象的だったのは以下のエピソード.
2学期が始まった9月,交際相手から別れを告げられ,そのことを同姓の友達からからかわれたことがきっかけで,学校で突発的にリストカットをしてしまった.
スクールカウンセリング('10) p.79
精神的に不安定だったとしても,こういうことが起こりえる女子グループって怖いです.リストカットっていう自傷行為はなんで流行ったんだろう?死ねないのに陰惨だからかな?
この高校生の事例では,内界を言語化することの難しさが指摘されている.クライアントが入室してから,しばらく何も話そうとしない様が描かれており,自分の問題を言葉に出来ない様子が見て取れる.カウンセラーとして聞くことが大事であるし,「沈黙は雄弁,饒舌は防衛」であることを強く意識しておく必要がある.
第7回は「大学におけるカウンセリング(学生相談)」です.この教材で取り上げられた事例は東大の事例のようだ.東大はアカハラが多そうな気がします.しかも,アカハラだと自覚していなさそうな気がします.「このぐらいできて当たり前だろ!?」みたいな.しかも,事例が東大のものであるというのは最後の最後で分かったんですが,その前から「この教授は研究者であって教育者ではないんだろうな」と感じていた.そのくらいに東大っぽいエピソードだった.
学生相談を担当するカウンセラーの仕事は,本質的には,小・中・高等学校のスクールカウンセラーと同じであるが,来談者数で言えば,学生が大半で教員や保護者は少数にとどまる大学が多いだろう.(中略)研究分野や所属の変更の問題,学業の問題,留学や休学の問題,対人関係の問題,就職の問題,心身の不調,カルトやストーカーから逃れたいなどの訴えがある.
スクールカウンセリング('10) p.86
強調部分は私によります.やはり大学教員は教育者としての自覚が足りないように思う.博士という学位を持っている所為かどうか分からないが,カウンセラーに頼ることなく,自分で問題を解決しようとする傾向がある.しかも,学生の問題に真摯に向き合わなかったり,向き合ったとしても適切な対応をしなかったりする.博士だろうが,一線級の研究者だろうが,教授だろうが関係なく,できないことはできないと認め,適切な解決手段を選択したい.
第7回のエピソードでは,クライアントは電子工学科の男子4年生である.実にリアリティにあふれている.研究内容を難解に感じてゼミを欠席したり,教授から示された研究テーマの内容が理解できずに意欲が減退したり,ゼミを休んで教授に叱責を受けたり・・・.よくある光景です.よくある光景でありながら,これが題材に挙げられるということは,このような状況下で精神的に病んでしまうわけで,この程度で十分にアカハラになり得るという示唆を含んでいるように思える.この際,クライアントをカウンセラーに向かわせたのは助教であると述べられている.この助教はかなり教育に厚い人物であるように描かれているが,その反面,教授は一体何をしていたのかと思う.この事例を見ても,教授は研究者であり,教育者として描かれていない.教授は教育の現場で一体何をしているのだろうか.
学業成績や研究の進展が思わしくなかったので,権威的な教授からの叱責は,恐怖感や劣等感を喚起しやすかっただろう.
スクールカウンセリング('10) p.91
教授という存在は学生に取ってみれば,人生を左右する力(単位を出す出さない的な意味で)を持った巨大な権力的存在であり,畏怖する存在になりかねない.そこにありながらことさらに,ゼミや研究活動などで,叱責をされようものなら,その恐怖感は計り知れないだろう.テキストにもあるように,アカハラが併発していた場合,クライアントを立ち直らせることは困難であっただろう.大学教員は教育者として振る舞うに当たって,カウンセリングを利用するなり,連携するなり,アカハラに最大限の注意を払うなりしなくては,大学生の精神は正常に保たれないだろうと思う.
大学教員として教育学を学ぶことはやはり大事そうだ.
1ヶ月振りのお勉強.本放送は第7回まで進んでいて,明日には第8回ががが.積み過ぎです.消化不良になっちゃいます・・・.ということで,第5回は「中学校のスクールカウンセリングII~非行」です.
非行は広義には非道徳的…反社会的行為すべてを指すが,一般には成人が法に反する行為をした場合に犯罪という用語を使い,未成年が同様の行為をした場合を非行という.非行には,殺人,放火,強姦,暴行,傷害,脅迫,恐喝,窃盗などの刑罰法令に触れる行為の他,無免許運転や暴走行為など道路交通法違反,大麻や麻薬取締法違反,あるいは,飲酒,喫煙,深夜徘徊,無断外泊,不健全性的行為などいわゆる「不良行為」が含まれることが多い.
スクールカウンセリング('10) p.64
第5回では倉光先生と東先生が対談する形で進んでいきます.途中に再現VTRが差し込まれるのですが,東先生役の役者さんがスクールカウンセラらしからぬ服装といい動きといい,なんか不適切.事実,放送授業内でもVTRの服装について言及があり,「スカートが短い」とか言われる始末.それは収録段階で気がつこうよ・・・.
それにしても,この科目は実に勉強しにくい.というか,何を勉強していいのかがわからない.毎回,事例を挙げて,それに対してどのように対処したのかということを対談形式で進めていくのだが,わからない.取り上げられている事例が,一般的事例だとは思えず,特殊事例であると思うのだが,その時の何にどう注目して,どうすればいいのかがわからない.どれもこれも結果論にしか聞こえてこなくて,方法論が明らかじゃない.多分に,方法論なんていうのはなくて,10人のクライアントがいれば10の方法が必要だと言うことなんだろうけど,だとすると,一体何を勉強するんだろう?結局は「聞く」ことがすべてなんじゃないのかな?まだよく分からないです.
学生が授業に出られない。欠席者が多くゼミが成り立たない。大学生の就職活動(就活)が長期化し、内々定に時間がかかるようになったため、大学キャンパス が四苦八苦している。「卒論どうしよう」という学生の嘆きも聞かれ、大学は「大学の教育機能が低下してしまう」と、採用活動は休日や夏休みにするよう企業 に要望している。
今春の就職活動も困難を極めているようで,就活の長期化が深刻になっている.2月頃から始まり4月初旬に終わるのであれば,実質的に大学の授業などに影響を及ぼすことは少ない.しかしながら,前年10月頃から始まり6月になってもまだ終わらないとなると,実に1年の半分以上を就活に費やしているわけで,その機会損失は計り知れないものがあると思う.
この手の話題はこのブログでも何度も取り上げており,1年周期のループトピックであるようにも思える.でも,やはり書いてしまう.
時間は有限でかつ一方向なので,失われた時間は取り戻せないし,二重化することもできない.そのため,あれもやりたいこれもやりたいというのは認められず,何かしらの取捨選択が必要になる.だから,授業を欠席して就職活動に勤しむのは,そのような選択をしたということであり,それは1つの解だと思う.大学や先生によっては,就活を理由にした欠席は欠席として扱わないという場合もあるだろう.だがしかし,それに満足するような学生はダメだ.あくまで,授業を欠席したとして扱わないだけであって,その時間に行われた講義を受けていない事実は変わらない.取り返す努力をするか,欠席扱いにならないことに慢心するかは自由である.慢心するにも2通りあって,受講する機会を損失したことを自覚し,単位取得が適わなくても認められる人と,「就活だから仕方がないじゃないか!」とキレる人にわかれる.
これはなにも授業に限ったことではなく,ゼミや研究でも同じであって,就活が理由であれば研究が進まなくても仕方がないというのはおかしな話である.就職活動をするのは全く問題がないが,それによって失われた損失は必ずどこかで取り返さないとならない.その努力をするかしないかは,その後の評価に大きく影響する.
そしてこれは企業に伝えたい.就活の長期化によって,学生は間違いなく学ぶ機会を損失している.ゆとり教育の影響が叫ばれる昨今,大学で学ぶべきことは増えている.反面,社会からの要請として,大学は教育がなっていないと言われ,そのために新入社員教育やら入社前研修が必要であると言われている.大学は教育したいのだが,教育の機会を損失させられている.就活の長期化によって.
そして,学生は忘れてはいけないことがある.就活が大事だということはよく分かるし,異論はない.だがしかし,卒業しなくては就職すらもできないという事実を忘れてはいけない.就活だけが大事というのは幻想である.「就職先が決まっているから(研究なにもやってないけど)卒業できないのは困る」というモンスタースチューデントにならないで欲しい.就職が決まったのならば,卒業に向けて全力を尽くして欲しい.就活のそれと同じくらいに.
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やっと本放送においつきました.いや,心理カウンセリング序説('09)が完全に放置プレイだけど・・・.
さて,第4回は「中学校のスクールカウンセリングI~不登校」です.IってことはIIもあるってことです.辛いです.
で.いつものようにまとめたいところなんですが,この回をまとめるための基礎知識が欠落しすぎてて,まとめることすら適わないです.カウンセリングとして,積極的に関わる(doing)よりも,見守り待つ姿勢で居続ける(being)が大事っていうのは分かるには分かるのですが,ここで紹介されるようなケースでは心療内科への受診や一時的な入院を考えるに至る状況まで進行しました.この場合,スクールカウンセラーがその判断を下すわけですが,その分岐点と判断基準が分からないです.テキスト冒頭でもソーシャルワーカーなら動いたかもしれないが,スクールカウンセラーは動かなかったのように書かれているが,これが分からない.ただ待つだけが良い結果をもたらすとも限らないし,かといって精神的病状下ではないのに通院させるのはおかしい.難しすぎます.
この科目って,位置づけはどうなってるんだろ?心理学初学者級じゃなくて臨床心理士級を対象にしている気がする・・・.
今日は第4回の放送日で,その時間には帰宅していたので,気合いを入れて第3回の勉強をしました(ぇ.第3回は「小学校のスクールカウンセリングII~発達障害」です.段々とテーマが重苦しくなってきました.当てられないようにせねば.
一般的に「発達障害」とは,自閉症,ADHD,LDなどを総称する場合に用いられるが,広義には知的障害も含まれることがある.
自閉症の起源はレオ・カナーの提唱した「早期幼児自閉症」とハンス・アスペルガーの提唱した「自閉的精神病質」に求められる.アメリカ精神医学会の診断基準DSM-IV-TRでは,広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorders)の中に,自閉性障害(Autistic Disorder)とアスペルガー障害(Asperger's Disorder)として含まれている.自閉性障害の特徴は,以下の通りである.
- 対人的相互作用の障害
- コミュニケーション障害
- 興味や関心の限局
アスペルガー障害ではコミュニケーション障害の特徴,特に言語発達の障害が軽度か全く認められない.
ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)は以下の特徴を持つ.
- 不注意
- 多動性
- 衝動性
LDはLearning DisorderまたはLerning Disabilityの略語であるが,いずれも学習障害と訳される.一般的な知的発達に比して,読字,算数,書字などが著しく困難な特徴があり,脳の何らかの障害に起因すると思われる.
第2回は「小学校のスクールカウンセリングⅠ~いじめ」です.早くも核心に切り込んでいく模様です.なお,第7回には「大学におけるカウンセリング(学生相談)」が予定されているので,興味深いです.
当該児童生徒が,一定の人間関係のあるものから,心理的・物理的な攻撃を受けたことにより精神的な苦痛を感じているもの
スクールカウンセリング('10) p.26
著者らは調査結果から,子どもたちに通じる言葉(定義)として「いじめ」を以下のように定義した.
「よってたかって,しつこく繰り返せば“いじめ”」
「ただの冗談やふざけのつもりでも,相手が嫌がっていると分かって,そこで止めれば“いじめ”ではないし,それでも繰り返すなら,それは“いじめ”」
スクールカウンセリング ('10) p.27
小学校低学年では乱暴な振る舞いや,ちょっとした意地悪が「いじめ」と受け取られやすい.小学校中学年では学力や体力の差が顕著になる時期でもあり,ストレスや劣等感からの攻撃行動が生じやすい.また,男子の集団が特定の女子に身体的暴力をしたり,女子の集団が特定の男子を非難の対象にしたりする「いじめ」が見られる.小学校高学年ではグループから排除される不安が強くなり,それを回避しようと,特定の人を排除することで,自分の立場の安全を図る動きが生じる.また,「あの子によくないところがあるから,教えてあげているだけ」というような合理化がされることが少なくなく,子どもたちなりの指導であって,「いじめ」ではないという弁明も行われる.中学生では「いじめ」にゲームの感覚が加わることで,凄惨な事態が発生しやすい.加えて,金銭などをめぐる社会的能力の発達や,腕力などの身体的能力の発達に伴って,恐喝や暴行などの犯罪行為も生じる.
イギリスの児童精神科医のウィニコットは「ひとりでいられる能力」を人の基本的能力と位置づけている(参考文献).人は他者と一緒にいることで,ひとりでいられるようになり,ひとりでいられることによって,他者と一緒にいられるようになる.
今学期受講している3科目のうちの1つです.既に山積み状態になっているので,速やかに消化して参りたいと思います.
まず最初に特筆すべきはそのテキストの斬新さ.挿絵があっちこっちにあって,普通の読み物として使えそう.というか,初っ端に河合隼雄先生が「我が国のスクールカウンセリングの父」と紹介されていて,既にクライマックス状態.
第1回は「スクールカウンセラーの専門性」となっています.この放送教材がぶっ飛んでて,「テキストに書いてあるだろ?」的な超展開で,ものすごい勢いで進んでいく.しかも,心理カウンセリングの基本は知ってる前提で進むので,心理カウンセリング序説('09)を並行受講しているオレ涙目.初回から置いてけぼりを食らう.
さて,要点をまとめていきます.スクールカウンセラーが対応する問題は以下の3つに分類される.
- 心理的苦悩あるいは「正常な」人生の問題
- 問題行動
- 精神障害
心理的苦悩は葛藤や挫折,人間関係の葛藤,心の傷,重い身体病や身体障害による苦悩などがあげられる.問題行動は不登校,ひきこもりなどの非社会的行動,いじめや犯罪などの反社会的行動,さらには自傷行為や自殺企図などが含まれる.精神障害は,発達障害,不安障害,摂食障害,睡眠障害,うつ病,統合失調症,パーソナリティ障害などが含まれる.
カウンセラーの基本的な特性として,ロジャースがあげた3条件「共感的理解」「無条件の肯定的関心」「純粋性」が求められている.
カウンセリングは以下のように展開される.
- カウンセラーはクライアントが内界を表現しやすい場を提供する
- カウンセラーはクライアントの心理的苦痛や満たされない基本的欲求を推測していく
- クライアントがカウンセラーに自分の苦しみが「分かってもらえている」と感じると,多くのクライアントは苦悩が少し軽減するように感じる
- やがてクライアントは苦痛や欲求不満が避けられなかったという現実に直面するとともに,他社の思いやりに気づき,自分が生きていてよいのだと実感する
- すると,実行すべき望ましい行動のイメージが心に浮かび,クライアントがその行動を実行に移していくと,たとえ苦痛が続くとしても,心理的問題は克服されていく
カウンセラーは一般の人と比較すると,次のような特徴がある.
- 問題行動の理由を本人に問い詰めない
- 悪者を探すより,良いことを探す
- 安易に共感を示さない
- 簡単に感情や記憶,関心や行動パターンが変えられるかのように言わない
- アドバイスはクライアント理解に基づいて行う
- クライアントが「約束」したことやクライアントに出した「宿題」が実行されなかったときは,その課題が難しすぎたと捉え,その時点で新たに実行可能性の高い課題を模索する
まとめ:
初回から置いてけぼり.心理カウンセリング序説('09)を早めに始めた方が良さそう.というか,今期の受講科目は早すぎた気がする・・・.
4月15日にJNSAにて行われた学術界とのギャップ解消検討BoFに参加してきた.主催は@akirakanaokaさん.このBoFが開催されるに至った背景は以下のように述べられています.
ネットワークセキュリティでの学術と企業(産業)側のギャップを感じている中、そこを埋める話ができないか、ということで意見交換をできる場を設けようと考えました。まずJNSAの方にご相談させていただいたところ快く承諾いただいたので、学術からの参加者を募るべくコンピュータセキュリティシンポジウム(CSS 2009)のナイトセッションでプレゼンをし、その後暗号と情報セキュリティシンポジウム (SCIS 2010)で「DoS/DDoS攻撃対策に見る学術界と産業界のギャップ」と題した発表をさせてもらいました。
要点は@akirakanaokaさんのブログにまとめられているので,そちらにお任せするとして,私視点でのまとめを簡単に.
学術側,特に大学の立場でいえば,大学教員の業績はほとんどが原著論文によって評価される.原著論文とは,査読された論文誌等に掲載された論文のことである.論文の査読においては,新規性,有効性,信頼性などの観点から評価され,認められた場合,採録となる.ここで実用性という評価は聞いたことがない.実用性がないので不採録という評価はないと思われる.また,業績評価の対象には特許も含まれる.しかしながら,多くの大学教員にとって,特許出願するよりも論文投稿する方が簡単であると思われる.それは,特許出願書類の書きにくさにあると思われるし,サーベイの難しさもそうだし,なんといっても特許出願に見合うだけのインセンティブは受けられないからだと思う.
私は工学の人間なので,物を作るとか実際に使われるとかいうことに関して,強い興味がある.というか,動くモノを研究するのが工学だと思っている.しかしながら,例えば,何かしらの研究を行い,それが実用化され,製品化されたとして,業績評価されるだろうか?評価されないことはないと思うが,論文誌採録ほどの評価は受けないのではないだろうか?メディアに取り上げられたり,プレスリリースが出たとしても,それは業績評価されるのだろうか?単純にこういうところに,インセンティブに関わる大学側の問題があるように思われる.
産業側からは重要な指摘があった.「じゃぁ売り込みに来ればいいじゃない」って.確かにその通りであって,そうすることで製品化も見込め,工学の研究者としてはうれしい限りだろう.だがしかし,産業界と学術界とのギャップはすでにそのレベルで存在していて,恐らくは学術研究の成果はすぐそのまま製品化はできない.例えば,私が個人的にものすごく信じていないものに,スパムフィルタの研究がある.ベイジアンフィルタとか,コラボレートフィルタとか,SVM学習とか,様々な手法が提案されているが,私の偏見で言うならば,インテリジェンスなシステムは精度は上がるかもしれないが,実用に耐えないと思われる.それは計算時間や計算資源の問題からくると思う.もっと言えば,大規模システムへの導入を考えた場合,電力問題に直面する可能性がある.そのため,実際に利用するには,実用性と性能を鑑みる必要性がある.学術界,特に原著論文となると,新規性を求めていくので,理論上最強を目指していくと,実用性との乖離が生じてくる.これが産業界とのギャップを深めている気がする.
つまりは,産業界に技術を売りに行くのはごもっともだが,売りに行っても買ってもらえる代物がない!というのが現状で,買ってもらえるようにしたいんだけど,産業界が求めるものが全然解らないよ!というのが学術界の本音だと思う.そこを埋めたいねというのが,このギャップ解消の根底にあると思う.学術界としても論文を世に出すだけが社会貢献・社会奉仕ではないと当然考えているだろうし,産業界に貢献できるような研究ができれば,よりよいと考えているだろうし,それは最終的にWin-Winの関係に結びつくのではないだろうか.
今回のBoFに参加して感じたことは,産業界と学術界のギャップは思いの外に深かったという点.ややもすると,ギャップ解消を望んでいるのは学術界で,産業界の大半はギャップ解消を望んでいない(解消すればいいけど別に今のままでもいいよっていう意味)可能性が高そうな気がする.しかも,学術界を大学等の高等教育研究機関に絞り込むと,先に述べたインセンティブの問題で,それほどギャップ解消に積極的ではないかもしれない.
まとめ:
最初は細々とでも,一部の学術界と一部の産業界が意見交換ができれば良いと思う.それは真面目な会でも良いだろうし,飲み会でも良いと思う.そうして段々とお互いが歩み寄っていければ良いんじゃないかと思う.そのためには,学術界からのアプローチが重要に感じた.ということで,今年の情報セキュリティEXPOに行ってみようかと思ったりもしている.
201004220119追記:
眠いけどdisられたからがんばる.
民の立場ですごい横柄な言いっぷりをすると「顧客ニーズを教えてあげる.それを解決する要素技術を研究してくれるなら,それを使ってあげる」ということになる.
ボクはそれでも良いと思っていて,実用性に乏しい理論研究をするのは工学として潔しとしていません.学術界として,いわゆる金にならない研究を金になるようにするためには,そういうニーズを的確にキャッチする必要性も大事かと思います.
学の提案する方式が実用的で実装可能かどうかについては触れられていません.
ボクは学の提案している内容が実装可能かどうかは非常に重要だと思っていて,産が学の提案する方式を実装しない(できない)のは,そこに実装困難性(または非実用的な要素)が含まれていて,学が如何に現実から乖離した研究をしているかということを如実に現していると思っています.
というわけで,学のヒトの気持ちを理解するために一緒にお仕事したいので○○省さん,うちらにお金下さい.うまく使いますので(オチはそこかw)
正直な話,本気でこの問題に手を入れるとするならば,ビッグブラザーの力を借りるのはありだと思います.問題は,そのテコ入れをするほどの根深さがあるかと言うこと.現状で世の中が回っている現状では難しそうな気がします.しかし,蓮舫議員よろしくで,社会貢献を目に見える形で実現するなら,そういうアプローチもあるかと思います.
ボク個人の意見では,遠巻きながらも,産学がざっくばらんに分かち合える環境があればいいと思います.それ,まずは飲み会でも良いじゃないですか.
